命の不思議

2006年10月01日

祖母が余命2〜3ヶ月の告知を受けました。
そのため、土日を使い急遽実家に戻り、病院にお見舞いに行きました。

(なお、病気の詳しいことについては祖母は知りません。)

余命宣告=このお見舞いが最後の別れになる可能性があるわけで、私はどういう顔をして、どういう声をかけてお見舞いすれば良いのか、本当に悩みました。

いざ病室に足を踏み入れてみると、ちょっとやせこけたものの、いつもと変わらない祖母がそこには居ました。

ベッドから起き上がれ、普通に話しができ、そして杖を使えば歩け、点滴もしておらず・・・。私が見た限り、いや、誰がどう見ても、余命宣告を受けた人間とは思えませんでした。
(それが病気進行の発見が遅れた理由でもあるのですが・・・)

命とは不思議なものです。当たり前なことなのですが、常に私たちは死と隣り合わせに居ます。
しかし、毎日の日常に流されて、意識することはほとんどありません。生きる死ぬを毎日意識することが、全ての人に必要だとは決して言えませんが、私個人としては、毎日の”その時”を一生懸命生きたいものだと感じました。そして、ある日突然死がやってきても、悔いのない人生にしたいと改めて考えました。

コメント

  1. 那由他 | URL | -

    若い時は「死」についてあまり考えもせず、ただ前を向いてひたすら走っているだけですが、身内の死や友人の死に直面する内、自分の生きている意味について真剣に考えさせられるようになります。普通に過ごしていても、心のどこかに人生と向き合っている自分がいます。たぶんTAMさんもそういう時にいるんだろうなぁと思っています。私の場合、母が長い間闘病生活を送り、若くして亡くなったので、そういう時が早く訪れました。

  2. tam@管理人 | URL | -

    日常の生活では気づきにくいですが、早かれ遅かれ命は限りあるもの…ということに誰しも気づきますね。

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